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供養の食べ物を食べて・・・ニルヴァーナの境地に入られた

2010-08-02 02:03:41 | 日記
題 : 「供養の食べ物を食べて・・・
             二ルヴァーナの境地に入られた」
五木さん: 気持ち良さそうだねー。
映 像: 水浴びをしている水牛を見ている、五木さん。
字 幕: カクッター川
ナレーション: パーバ村とクシナガラの間に流れる、このカクッ
     ター川のほとりにさしかかった時、仏陀は、ついに耐え
     切れなくなります。
   ここで袈裟を敷いて腰をおろし、アーナンダに水を汲
     んで来るように頼みます。
五木さん: 仏陀は、弟子に対して、こういう風に語る部分があり
     ます。
      非常になんか こう、人間味のあるエピソードなんで
     すけどね。
      それは その、もしも自分に何かあったならば、その
     ことで自分に供養の食事を出した鍛冶屋の子の責任が、
     問われる様なことになりはしないか、彼はけっして悪く
     ないんだと、彼がその事で自戒の念に悩まされ、自分に
     悪徳がないのではないのかと、こういう風に考えない様
     に、彼によく言って聞かせてくれと、当時の鍛冶屋と言
     いますと、芸能人とかその他の職業と同じ様に、いわば
     当時は、カーストの外にあった、大変こう、大きな差別
     を受けていた階層の人たちですね。
      そういう人たちの供応を喜んで受け、そういう人々に
     心を配るという、そういう遊女だ、あるいはアウト・カ
     ーストの人だという人々にも、全く平等に、自分の思い
     を伝え、接することを、日常の事としていた、仏陀の偉
     大さというものを、今の、近代を超えて来た私達、人権
     なんていう事をですね、改めて学んでいる私達以前に、
     仏陀は、自ら、率先してその事を教えてくれたような気
     がして、感動しないわ訳にはいきません。
ナレーション: 仏陀は、アーナンダに、今夜、クシナガラにある
     2本並んだ沙羅の木の間で、自分は死ぬだろうと予言を
     しました。
      そして、こう続けました。
        アーナンダよ、
        鍛冶工の子・チュンダの後悔の念は
        この様に言って、取り除かねばならない
        『 友よ、
        修行完成者は、
        最後の供養の食べ物を食べて
        お亡くなりになったのだから
        お前には利益(りやく)があり
        大いに功徳がある。
        友・チュンダよ、
        この事を尊師から
        目の当たりに聞き、承った 』。
ナレーション: 仏陀が、35歳の時、悟りを開いたのは、供養の
     食事がきっ掛けでした。
      自らの死のきっ掛けとなるチュンダの食事も、それに
     劣らないほどの功徳があると、仏陀は言います。
        この二つの供養の食べ物は、
        正に等しい実り、
        正に等しい果報があり、
        他の供養の食べ物よりも、
        はるかに優れた、
        大いなる功徳がある。
        その二つとは何であるか?
        修行完成者は、
        供養の食べ物を食べて、
        無常の完全な悟りを達成したのと、
        及び、供養の食べ物を食べて、
        煩悩の残りのない、
        二ルヴァーナの境地に入られたのとである。
ナレーション: クシナガラに達した仏陀は、もはや、動くことも
     ままならず、頭が北向きになるように、床をしつらえさ
     せ、病み、疲れた身体を横たえました。
      大パリニッバーナ経は、仏陀が横になると、沙羅双樹
     に変化が現れたとしています。
        さて、
        その時、
        沙羅双樹は、
        時ならぬのに花が咲き、
        満開となった。
        それらの花は、
        修行完成者に供養するために、
        修行完成者の身体に、
        降りかかり、
        ふりそそぎ、
        ちりそそいだ。
        また、
        天のマンダーラヮ花は、
        虚空から降って来て、
        修行完成者に供養するために、
        修行完成者の身体に、
        降りかかり、
        降りそそぎ、
        ちりそそいだ。
        天の楽器は、
        修行完成者に供養するために、
        虚空に奏でられた。
        天の合唱は、
        修行完成者に供養するために、
        虚空に起こった。
ナレーション: 仏陀、入滅の地、クシナガラ。
      今も尚、仏陀の死を悼み、参拝に訪れる人が絶えませ
     ん。
      町の中心には、仏陀・入滅を祈念する涅槃堂が建てら
     れております。
                         (つづく)
(参 考)ニルヴァーナ: サンスクリット語の仏教用語で、涅槃
     (Nirvana) のこと。
(参 考)利益: (りやく)仏教の言葉。ためになること。法力
     によって恩恵を与えること。自らを益するのを功徳(く
     どく)、他を益するのを利益という。
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転悪成善(悪を転じて善と成す)・・・初めて他者への憎悪や責める心から解放される

2010-08-01 00:41:22 | 日記
題 : 「転悪成善(悪を転じて善と成す)・・・
         初めて他者への憎悪や責める心から解放される」
ナレーション: 霊鷲山を出てから、半年になろうとしていました。
      仏陀は、熱心な信者が居るパーバ村へ向かっていまし
     た。
五木さん: ナマステー。
ナレーション: 当時、この一帯にはマンゴー園が広がっていまし
     た。
      持ち主は、パーバ村の鍛冶屋の子・チュンダ。
      以前、仏陀が、パーバ村を訪れた時に帰依した敬虔な
     信者です。
      チュンダは、仏陀を歓迎するために、貧しいながらも
     できるだけの準備をととのえ、首を長くして待っていま
     した。
五木さん: 燃料に使う、牛糞ですか?
      あれなんか、積み重ねているところなんかも、何千年
     も同じ様に、燃料に使っているわけなんですね。
案内の方: 牛糞に、藁を混ぜて・・・。
五木さん: あっ、そのままでなくてね。
      あ、そうか、そのままでは燃えないのだ。やっぱり。
      あーそれじゃー、一応加工している訳なんだね。
      えー、だけど、昔の村らしい村ですねー。
      ナマステー。
      (加治屋さんのところに来て)
      あー、ふいごですね、昔のねー。
      あのー、なんか、鍛冶屋さんと言うにはあまりに素朴
     なー。
      でも、こんな風にして、農機具とか色々を作るのでし
     ょうねー。
      (あるインドの方へ)ナマステジー。
      あのー、仏陀が最後の旅の中で、この村で病気をした
     と、聞いたのですが?
インドの人: この村で言い伝えられてきた話によると、仏陀は、
     仙人に姿を変えて南から 来たそうです。
      日が暮れる始めていたので、仏陀は、この村に泊まる
     ことにしました。
      村の誰かが、夕飯を用意したそうです。
      いろんな言い伝えがありますが、豚肉料理を出したと
     いう説と、ククルムタと呼ばれるキノコ料理を出したと
     いう話があります。
五木さん:(手を合わせて)ナマステジー。(お礼を言って立ち去
     る、五木さん)
 (鍛冶屋さんの映像、鞴・フイゴを手でこいで風を送っている)
ナレーション: 仏陀は、チュンダが用意してくれた食事を、快く
     受け入れました。
      しかし、口に入れて直ぐ、それが、食べてはいけない
     ものだと分かりました。
      ここで、仏陀は、チュンダにこう告げます。
        チュンダよ、
        残ったキノコ料理は、それを穴に埋めなさい。
        神々・悪魔・梵天・修行者・バラモンの間でも、
        また、神々・人間を含む生き物の間でも、
        世の中で修行完成者(=仏陀)のほかでは、
        それを食して完全に消化し得る人は見出せません
        ・・・と。
      「かしこまりました」と鍛冶工の子・チュンダは、尊
     師に答えて、残ったキノコ料理を穴に埋めて、尊師に近
     づいた・・・。
      近づいて尊師に敬礼し、一方に座した。
      チュンダが、一方に座した時に、尊師は、彼を教え・
     諭し・励まし・喜ばせて、出て行かれた。
ナレーション: その時、仏陀は、激しい腹痛に見舞われていまし
     た。
      仏典には、こう記されています。
        さて、尊師が、
        鍛冶工・チュンダの料理を食べられた時
        激しい病が起こり
        赤い血がほとばしり出る
        死に至らんとする激しい苦痛が生じた。
        尊師は、
        実に、正しく思い
        良く気を落ち着けて
        悩まされる事無く
        その苦痛を堪え忍んでいた。
        さて、尊師は、
        若き人・アーナンダに告げられた
        『さー、アーナンダよ、
        我々は、クシナーラーに赴こう』・・・と。
ナレーション: 80歳の老いた身に、血が出るほどの激しい下痢。
      立っていることさえままならない身体を、引きずるよ
     うにして、仏陀は、自ら終焉の地と思い定めた、クシナ
     ガラを目指しました。
      パーバ村からクシナガラまでは、およそ20キロの道
     のりです。              (つづく)
(参 考): クシナーラー = クシナガラ
(解 説):チュンダは、釈尊への尊崇の念で食事の供養をしよう
     として珍味のキノコ料理をさし上げたが、結果釈尊の死
     を早めるに至った。
       釈尊は、チュンダが後悔して嘆くであろうし、またまわり
     の者たちがチュンダを責めるようになるであろうと、チュンダ
     に同悲され、「私の生涯で二つのすぐれた供養があった。その
     供養はひとしく大いなる果報があり、大いなるすぐれた功徳が
     ある。一つはスジャータの供養の食物でそれによって私は無上
     の悟りを達成した。そしてこの度のチュンダの供養である。
      この供養は、煩悩の全くない涅槃の境地に入る縁となった。
      チュンダは善き行いを積んだ」と仰せになった。
      最初のスジャータの供養とは、釈尊がさとりを開かれる前、
     極限にいたるほどの苦行をされていたが、極端な苦行は悟りへ
     の益なきことを知り、それまでの苦行を捨て、村娘のスジャー
     タから乳粥の供養を受けられた。それによって体力を回復し、
     菩提樹の下に座り、「悟りを開くまではこの座を決してはなれ
     ない」という決意でもって坐禅瞑想に入られた。そしてこの上
     ない悟りを開かれたと伝えられている。スジャータの供養は悟
     りに至る尊い縁になったのである。
      そして、このスジャータの供養の功徳とひとしく、このたび
     のチュンダの供養は大いなる涅槃に至る尊い縁となると釈尊は
     チュンダの食物の供養を讃えておられる。
      チュンダがさし上げた特別のキノコはどうやら食用に適さな
     かったようある。しかしチュンダは自分のせいで釈尊を死に至
     らしめたという後悔をするだろうし、また周りの僧俗がチュン
     ダを責めるであろうと釈尊は思われ、チュンダの嘆きに寄り添
    って、「チュンダは大いなるすぐれた功徳を積んだ。チュンダ
     の供養で私は煩悩の残りなき大いなる涅槃に入ることになった。
      チュンダは善いことをした」とチュンダの供養をほめ、起こ
     るであろうチュンダの嘆きと周りからの責めをあらかじめ取り
     除かれたのである。
      ここに釈尊の慈悲の深さ、同悲のお姿が伺われる。仏教で言
     われる慈悲の行いとは具体的にどういうものなのかがよく示さ
     れている。
      しかも釈尊のチュンダへの言葉は無理にチュンダを慰めてい
     るというものではなく、ご自分の死を「大いなる涅槃に入る縁」
     と見られてのものである。ご自分の死んでいくことに対して、
     不幸ともいわず、嘆きもせず、静かに受け止められるばかりで
     はなく、煩悩が全く消滅する大涅槃に入る尊い縁として見てお
     られるのである。そういう背景があってチュンダの供養を讃え
     ておられるのであって無理にチュンダを慰めているのではなか
     ろう。
      このことによって教えられることは、自分にふりかかるどの
     ような〈災厄〉をも、転悪成善(悪を転じて善と成す)で、善
     き縁であると受け止める智慧があって、初めて他者への憎悪や
     責める心から解放されるのであろう。もし、自分は内心で嘆い
     ているけど、人を悲しませてはいけないという愛情であれば、
     それはそれで尊いとしてもなお暗いものがある。
      このように釈尊はご自分の死を大涅槃の悟りに至る機
     縁と見られたが、この釈尊の死の意味は、浄土の教えを
     信じる者における死の意味と重なるものであろう。自ら
     の死を大涅槃界である浄土に生まれる縁といただいてい
     る念仏の信心と、釈尊における死への智見とは、内面的
     に連なるものがある。真実の信心は、死をも浄土へ生ま
     れる縁であるとの智見を生むのである。
                  (寺報「草菴仏教」より)
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諸々の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい。

2010-07-31 02:56:57 | 日記
題 : 「諸々の事象は過ぎ去るものである。
             怠ることなく修行を完成なさい。」
五木さん: ある時、アーナンダに向かって、仏陀は衝撃的な言葉
     を述べます。
      それは、「自分は、もう、3ヶ月後には、この世に居
     ないだろう」という、そういう予言です。
      アーナンダは、さぞかし、もう、驚愕し絶望したに違
     いありません。
      しかし、余命は、もういくばくもない、自分は3ヵ月
     後に、この世を去る。
      自分の言っていることは、決して間違いない。
      こういう風に、仏陀は、断定します。
      おそらく、仏陀の80年の生涯の中で、自分の人生の
     終わりというものを、すっきりと予感した。
      そういう瞬間だっただろうと思いますね。
      ・・・で、仏陀は、アーナンダに、「自分はこの世を
     去る、去る前に、自分が、色々、言っておきたいことが
     ある。
      だから、「修行僧達を沢山集めなさい」 こういう風に、
     アーナンダに命じます。
      そして、アーナンダが、集めた大勢の修行僧を前に、
     仏陀は、この様に言われたという風に、経典には書かれ
     ています。
        そこで尊師は、
        修行僧達に告げられた
        さあー、修行僧達よ
        私は、いま、お前達に告げよう
        諸々の事象は過ぎ去るものである。
        怠ることなく修行を完成なさい。
        久しからずして
        修行完成者は亡くなることだろう
        これから3ヶ月過ぎた後に
        修行完成者は亡くなるだろう・・と、

        尊師・幸いな人、
        師はこの様に説かれた。
        この様に説いたあとで
        さらに、
        次のように言われた
        我が齢は熟した。
        我が余命はいくばくもない。
        汝らを捨てて、私は行くであろう。
        私は自己に帰依することを成し遂げた。
        汝ら修行僧たちは、
        怠ることなく よく気をつけて
        よく戒めをたもて。
        その思いをよく定め統一して
        おのが心をしっかりと守れかし
        この教説と戒律とに務め励む人は
        生まれを繰り返す輪廻を捨てて
        苦しみも終滅するであろう・・と、
      物事は、移り変わるものだという様な事を、いくら口
     で言っても、どんなものでも流転するという様なことを、
     自分の身をもって、みんなに語ろうとしているんではな
     いでしょうか。
      例えば、仏陀という人が、尊敬され、そして、その教
     えが、広がれば広がるほど、その人を、偶像化して、永
     遠に戴いて崇拝していこうという気分というのは、強ま
     ってきますよね。
      どっかで自分は、もう、如何に仏陀といえども、自分
     も涅槃に入るんだという事を言って、それで、その時、
     突然、自分が居なくなって、周りが大混乱するよりも、
     あと3ヶ月というこの日々を、周りの修行僧やアーナン
     ダ達が、しっかり心に刻んで、あと1日、あと1日とい
     う風に、大事にして生きるようにという、生きるもの・
     残されたものへの配慮だという風に、思いますけどね。
     ・・・・・。
      あのー、僕自身はね、余命ということを考えないんで
     すよ。
      むしろ、天命という考え方、で、自分が何時まで生き
     るとか、何時死ぬとか、そういうことはね、ほとんど考
     えたことは無いんです。
      あのー、出来れば長く元気で生きられれば良いと思い
     ますけれども、人間の天寿というものは、あらかじめ決
     まっているんじゃないかなーという事を考える事があり
     ましてね。
      その天寿を全うしたい、ですから、世の中というのは、
     すごく不合理なもので、30歳の天寿の人も居れば、1
     0代で亡くなる人も居る、90歳、100歳まで生きる
     人も居る。
      ですから、僕は自分の人生と言うのは、ある時期から、
     「いつでも」と言うのは、おかしいのですけれども、
     「もういいよ」という、声なき声が、聞こえてきた時が、
     自分の寿命の尽きる時だと思っていますし、寿命が尽き
     ると言うことがですね、何か終わるとか、無くなるとか、
     そういう風に考えていないのですね。
      ですから、何か新しい出発と感じもしますし、とりあ
     えず、与えられた、今日一日、明日の一日、仏陀の言葉
     の様にですね、元気を出して、苦しみに耐えてという風
     に思ってますね。
      ですから、寝る時は、もう、明日は目が覚めないかも
     しれないという風に思いますし、起きた時に、「あー、
     今日一日あったな」と思いますし、あまり、そういう風
     に先の事を考えたことが無いですね。
ナレーション: 自らの死を予言した仏陀。
      別れを惜しむ人々が、数多く後を追ってきました、し
     かし、仏陀は、彼らに戻るように説き、形見として自分
     の托鉢の鉢を渡しました。
インドの仏教歌: 金のお皿でご飯を
        食べて貰いましょう
        仏陀に乳粥(ちちがゆ)を
        差し上げましょう
        金の台の上に
        席を用意しましょう
        仏陀にお願いして
        座って貰いましょう
        ここで仏陀に
        静かに休んで貰いましょう
        私は、みんなに仏陀が
        来ていることを知らせます
     
映 像 : 長い汽笛を鳴らして走り、そして去っていく列車
 
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直径123メートルの 巨大ストゥーパ

2010-07-30 01:17:49 | 日記
題 : 「 直径123メートルの 巨大ストゥーパ 」
インドのお坊さんの経: お釈迦様が、
        ヴァイシャリーにいるときは
        いろんな処に
        仏教が広まっていきました。
        お釈迦様は、
        何事も正直に話すようにと
        繰り返し語っていきました。
        お釈迦様は、
        ヴァイシャリーの人々を
        誰よりも愛してくれました。
        お釈迦様が、
        クシナガラのサーラの森に行くときは
        老若男女、みんなが泣きました。
映 像: お経を唱えながら、裸足で水に濡れた田の畦道を行く仏
     教僧の映像。
      畦の道に僧の経が流れて行く。
      ・・・。悪路を車で進む、五木さん。
      大きく左右にゆれる車。
      警笛を鳴らしながら、乗客を満載したバスと行き違う。
五木さん: イヤー、もう、照り返しがすごいですね。
      イヤー、もうこれは、死にそうだ。
      ナマステー。
      お茶を一杯下さい。
     (お茶の葉を沸騰している鍋に直接入れ、煮て、)
      なんか戦後を思い出すね。
ナレーション: 仏陀の足跡を辿り、連日、悪路を進む、五木さん。
      旅は、まだ、半ばを過ぎたところです。
五木さん: ありがとう。
      あちちっ、・・・旨いですね。
      もう、極楽という感じだな。
     (多くのハエが・・ それを手で払う店の人、周りを飛
     ぶ)
同行者: 五木さん、今までの旅の風情は?
五木さん: イヤー、なんか修行という感じですね。
      前にインドに来た時は楽な旅をしたもんですからね。
      本当は苦行修行の旅なんですね。
      こういう農村を見ないと、インドは分からないという
     のは、本当ですね。
      仏跡は地方の農村地帯に残っている。
      仏蹟探訪の旅 ロマンティック感じはしますけれど、
      本当は苦行修行の旅なんですね。
      だから観光の積もりできたのでは、もうもたないでし
     ょう。
      お遍路の様な覚悟で、やはりやらなければならない旅
     ですね 苦行の・・・・。
      ナマステ。サンキュー。
      イヤー、またこれはひどい日差しだな。
ナレーション: ヴァイシャリーを出た仏陀は、更に北に向かって
     歩き続けます。
      ヴァイシャリーから北西に、およそ50キロ、当時の
     ヴァッジ国の国境にあたる場所に発掘中の巨大な遺跡が
     あります。
字 幕 : (ケッサリア・ストゥーパ)
五木さん: イヤー、これはすごい。あー。
ナレーション: このストゥーパは、紀元200年〜紀元700年
     の間に建てられたものと考えられています。
      本格的な調査が始まったのは、1998年。
      現在発掘されている部分だけでも、直径123メート
     ル、高さ31メートルにおよぶ、レンガ造りの巨大なス
     トゥーパです。
      さらに、この下にどれ程の遺跡が埋もれているかは、
     まだ、明らかになっていません。
     (遺跡を登り、進む、五木さん)
五木さん: あー、ここに仏陀像があるんだね、あー、
     (頭を下げ、手を合わせる、五木さん)
ナレーション: 大パリニッバーナ経によると、旅の途中、仏陀の
     前に悪魔が現れました。
      悪魔は、今こそ、尊師のお亡くなりになる時ですと告
     げます。
      まだ、その様な時期ではないと退けます。
     (カラスが、ぎゃーぎゃーと鳴いている)
五木さん: カラスがすごい。
ナレーション: しかし、その一方で仏陀は、死に向かう準備を始
     めます。
     (巨大ストゥーパの周りをくるくる歩く、五木さん。何
     匹ものカラスが木にとまり、ぎゃーぎゃーと鳴く)
五木さん: ストゥーパだから、中に入る事はないんだね。
     (ストゥーパの上も、何匹ものカラスが飛び回る)
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この世界は美しい、人生は甘美である

2010-07-29 02:45:04 | 日記
題 : 「この世界は美しい、人生は甘美である」 
ナレーション: 病を克服した仏陀は、回復するといつもの様に托
     鉢に出かけました。
      後ろには弟子のアーナンダが従います。
      仏陀の従兄弟でもあるアーナンダは、25年にわたっ
     て、常に行動を共にして来ました。
      この日、托鉢から戻り食事を終えた仏陀が発した言葉
     に、周りの弟子達はおどろかされました。
      それは、何時も身近に居るアーナンダですら、始めて
     耳にする言葉でした。
画 像 : インドの子供達が、大喜びで水浴びする姿を微笑みな
     がら見る、五木さん。
五木さん: アーナンダとの対話 アンバパーリーとのいきさつ、
     そして、仏陀の老いと病と、そういうものが、いくつも
     つき重なった場所なんですけど、この場所で、ある日、
     仏陀とアーナンダの間に、こういう対話があります。
      「仏陀・最後の旅」の中から、とても印象深い対話で
     す。
        さて尊師は、
        早朝に、内衣を付け
        外衣と鉢とをたずさえて
        托鉢の為にベーサーリー市へ行った。
        托鉢の為にベーサーリーを歩んで
        托鉢から戻って食事を済ませた後で
        若き人・アーナンダに告げた。
        アーナンダよ、
        座具を持って行け
        私はチャーパーラ霊樹の元へ行こう
        昼間の休息の為に。
        そこで尊師は、
        チャーパーラー霊樹の元に赴いた
        赴いてから、あらかじめ設けられていた座席に座
       した。
        若き人・アーナンダは、尊師に敬礼して一方に座
       した。
        一方に座した若き人・アーナンダに、尊師はこの
       様に言われた。
        アーナンダよ、
        ベーサーリーは楽しい
        ウデーナ霊樹の地は楽しい
        ゴータマカ霊樹の地は楽しい
        七つのマンゴーの霊樹の地は楽しい
        タフブッダ霊樹の地は楽しい
        サーランダ霊樹の地は楽しい
        チャーパーラ霊樹の地は楽しい。
      これは中村元さんが、パーリー語から訳された言葉な
     んですけれども、あのー、色々ありまして、サンスクリ
     ットの方から訳されたこのくだりにはですね、非常に印
     象的な言葉が加えられています。
        この世界は美しい
        そして、
        人生は甘美である
      まあ、こんな風に、サンスクリット語の本の方には書
     かれている訳なんですけれども、そこまで本当に、仏陀
     が、言われたかは分かりません。
      この物語を編んだ人が、霊樹の地は楽しいという言葉
     を、さらに、普遍して、その様に自分の思いを付け加え
     たかもしれません。
      この辺は分かりませんですけれども、人々が、仏陀に
     そういう風な言葉を言って欲しいなーという風に、心か
     ら思っていたことが伺えるのですね。
      仏陀の信仰と言いますか、法の教えの第一歩は、人生
     というものは、苦であるという、いわば、ネガティブ・
     シンキングと言いますか、どん底から出発する訳です。
      この世というものは苦しいものである、そして、生老
     病死、様々な苦しみに満ちている。この苦しみの中から
     人はどのように苦しみに耐えて生きていくか。仏陀は、
     その事を終生、ずーッと追求し続けた人なんですが、そ
     れでも苦から出発したこの世界、この認識がですね、仏
     陀の最後の旅の「 末期の眼 」の中で、
       『 この世界は美しい、人生は甘美である 』、
      例え、苦の世界であったとしても、こんな風に、最後
     に、仏陀に呟いて欲しいと思った人々が、どれほど居た
     ことなんでしょうね。
      人間というものは、『 決定的な絶望の中に生き続け
     ることは、本当は難しいこと 』です。
      そして、私達・弱い人間というのは、どうしてもその
     様に、物語の中で自分達の思いを、仏陀に託して、そし
     て、こういう事を言って欲しかったという事を付け加え
     て、伝承というものが生まれてきます。
      ですから、それは、仏陀が、言った言わないとは別に、
     人々が、その様に、苦から出発して、あるいは楽の世界、
     醜の世界から美の世界、辛い世界から甘美な世界へ行き
     たいという願いを抱き続けて、2500年も生き続けて
     来たという事を表している訳ですから、それはそれで真
     実であろうという風に思う所があります。
ナレーション: 若き人・アーナンダに、尊師は、この様に言われ
       た。
        アーナンダよ
        ベーサーリーは楽しい
        ウデーナ霊樹の地は楽しい
        ゴータマカ霊樹の地は楽しい
        七つのマンゴの霊樹の地は楽しい
        タフブッダ霊樹の地は楽しい
        サーランダ霊樹の地は楽しい
        チャーパーラ霊樹の地は楽しい。
ナレーション: 雨季が明け、再び、旅に出る日がやってきました。
      ヴァイシャリーの人々は、何時までも、別れを惜しん
     だと言います。
      町の郊外にあるレリック・ストゥーパは、ヴァイシャ
     リー王によって建立されたと伝えられております。
      小さな半円形のストゥーパからは、仏陀の遺骨の一部
     を納めたシャリ容器が、半世紀前に発掘されました。
      インド人のプッドゥ・バランさんは、このあたりで布
     教活動しているお坊さんです。
      バランさんは、ここで、毎日、経を上げています。
バランさんの言葉: 今から2500年も前の話になりますが、お
     釈迦様は、好んでこの地で法を説いていました。
      ある日、ヴァイシャリーの人々に、この様に語ったと
     伝えられています。
        私は、この地にずっと留まることは出来ません。
        西にあるクシナガラという町へ向かいます。
        名残惜しいけれど、どうか、私を行かせて下さい。
     この物語に基づいた歌を唄いたいと思います。
インドのお坊さんの経: ヴァイシャリーの人々は
        お釈迦様が歩き出すと
        泣き出しました。
        お釈迦様は、クシナガラの
        サーラの方へ出発しました。
        村の人々が、皆、泣き出しました。
                       (つづく)
(補 注): アンバパーリーは、徹夜でご馳走を用意し、翌日、
     釈迦の一行が訪れた時は自ら給仕してもてなしました。
      食事が終わった時彼女は、釈迦が留まった果樹園を教
     団に寄贈することを申し出て釈迦はこれも受けています。
      最後の場面はこんなふうに伝えられています。
        尊師は法に関する講話をもってかの女を教え、
        諭し、励まし、喜ばせ、座から起って、
        去っていった 。
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