現在まで、オートバイの運転が下手すぎて、
走るルートを選択できないでいた。

当然、安全第一で、近道とかまるで通れなかった。
すべては技量不足によるもので、
何年か経てば、
行きたい時、行きたい所に行ける。
それがライダーの特権と思っていた。
最近になって、
「ぴょぴよ」いうこともなく、
街中であろうと
山の上であろうと
ハンドリングできるようになったのだが、、、、。

なまじ、自由意志というか、
寄り道の自由が生まれ、
わき道や近道をやたら通るようになった。
そして朝霧、大蔵谷は坂道だらけで
「変な道」をどんどんいって、
頭にインプットして、、、
こうなると
どんどん「横着」になってしまうのであった。
遠くへいけるようになればなるほど
不自由になる。
最初の、オートバイにまたがって、
流れる地面
ゆるく体に当たる風
そうした新鮮さがなくなってしまった。
今にして思えば、
走りこんで走りこんでしても
自分は一晩寝れば忘れてしまう。
それ自体が、
いつもあのブルーのDトラッカーに乗るときの「妙な新鮮さ」の原因であったのだ。
当時大型がブームで
125ccのバイクとかなくて
「なぜか」タイミングよく
Dトラッカー125が発売されて、初期型を購入した。
(あの時、乗るのを諦めたら
数ヶ月で、オートバイの運転技術そのものを忘れ去っていただろう。)

でもやはり
この小さなオートバイに自分の命を預け、
未熟な腕で運転する、
その不安も大きかった。
買ったあと、なんどもなんども初歩的なことを
カワサキマイスターさんに聞きにいったものだ。
もう、3年くらい経とうとしているのか?
以前、妙な「こなれ感」からこけたことがあったけど、
また変な「こなれ感」が知らず知らず
身についているのかも。
だから
もういちど
自分がここまで到達したこと、
それを可能にしてくれたマシン、
それを支えて下さった人々に
感謝。
走るルートを選択できないでいた。

当然、安全第一で、近道とかまるで通れなかった。
すべては技量不足によるもので、
何年か経てば、
行きたい時、行きたい所に行ける。
それがライダーの特権と思っていた。
最近になって、
「ぴょぴよ」いうこともなく、
街中であろうと
山の上であろうと
ハンドリングできるようになったのだが、、、、。

なまじ、自由意志というか、
寄り道の自由が生まれ、
わき道や近道をやたら通るようになった。
そして朝霧、大蔵谷は坂道だらけで
「変な道」をどんどんいって、
頭にインプットして、、、
こうなると
どんどん「横着」になってしまうのであった。
遠くへいけるようになればなるほど
不自由になる。
最初の、オートバイにまたがって、
流れる地面
ゆるく体に当たる風
そうした新鮮さがなくなってしまった。
今にして思えば、
走りこんで走りこんでしても
自分は一晩寝れば忘れてしまう。
それ自体が、
いつもあのブルーのDトラッカーに乗るときの「妙な新鮮さ」の原因であったのだ。
当時大型がブームで
125ccのバイクとかなくて
「なぜか」タイミングよく
Dトラッカー125が発売されて、初期型を購入した。
(あの時、乗るのを諦めたら
数ヶ月で、オートバイの運転技術そのものを忘れ去っていただろう。)

でもやはり
この小さなオートバイに自分の命を預け、
未熟な腕で運転する、
その不安も大きかった。
買ったあと、なんどもなんども初歩的なことを
カワサキマイスターさんに聞きにいったものだ。
もう、3年くらい経とうとしているのか?
以前、妙な「こなれ感」からこけたことがあったけど、
また変な「こなれ感」が知らず知らず
身についているのかも。
だから
もういちど
自分がここまで到達したこと、
それを可能にしてくれたマシン、
それを支えて下さった人々に
感謝。
コメント (0) |
トラックバック (0) |
















