bunCのブログ

日々の雑感です。

初心。

2012年04月28日 21時22分33秒 | 二輪教習
現在まで、オートバイの運転が下手すぎて、
走るルートを選択できないでいた。


当然、安全第一で、近道とかまるで通れなかった。
すべては技量不足によるもので、
何年か経てば、
行きたい時、行きたい所に行ける。

それがライダーの特権と思っていた。

最近になって、
「ぴょぴよ」いうこともなく、
街中であろうと
山の上であろうと
ハンドリングできるようになったのだが、、、、。




なまじ、自由意志というか、
寄り道の自由が生まれ、
わき道や近道をやたら通るようになった。
そして朝霧、大蔵谷は坂道だらけで
「変な道」をどんどんいって、
頭にインプットして、、、
こうなると
どんどん「横着」になってしまうのであった。


遠くへいけるようになればなるほど
不自由になる。

最初の、オートバイにまたがって、
流れる地面
ゆるく体に当たる風
そうした新鮮さがなくなってしまった。


今にして思えば、
走りこんで走りこんでしても
自分は一晩寝れば忘れてしまう。
それ自体が、
いつもあのブルーのDトラッカーに乗るときの「妙な新鮮さ」の原因であったのだ。

当時大型がブームで
125ccのバイクとかなくて
「なぜか」タイミングよく
Dトラッカー125が発売されて、初期型を購入した。
(あの時、乗るのを諦めたら
数ヶ月で、オートバイの運転技術そのものを忘れ去っていただろう。)



でもやはり
この小さなオートバイに自分の命を預け、
未熟な腕で運転する、
その不安も大きかった。
買ったあと、なんどもなんども初歩的なことを
カワサキマイスターさんに聞きにいったものだ。

もう、3年くらい経とうとしているのか?

以前、妙な「こなれ感」からこけたことがあったけど、
また変な「こなれ感」が知らず知らず
身についているのかも。

だから
もういちど
自分がここまで到達したこと、
それを可能にしてくれたマシン、
それを支えて下さった人々
感謝。



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情熱?

2012年04月27日 23時00分45秒 | 二輪教習
iphoneも情熱が冷めて久しい。

オートバイは情熱が冷めたり、
また戻ったり。
これは技術の向上と関係がある。



自分は情で動く人間ではないのだろう。
冷めた感じが勝ってしまう。

人の倍、時間をかけても
技術は向上せず
だから
飽きる(というか挫折する)のはたやすくて、
自意識の無くなった無心というか放心で
「もう、どうでもいい」ことだけど、
「それでも」
必死でやり続けると、
そのとき初めて
技術が向上する。

そんな時、
自由意志なんてものはなく
結局
何かにひっかかって
つい興味を持ったけど
自分の欲しいものではなかった、
正確には
予想外のいらないものであったと
気がつくのだ。

本当に自分は楽しめない性分で、
そこそこ運転がうまくなってきたのが、
「楽しい」か?といわれると
これが20年前であれば、、、
と思ってしまう。
(当然20年前は別の何かをマスターしようとして挫折してた)



そこそこ簡単になんでも上達すれば楽しいのに、といつも思う。
上達する過程、それが邪魔な気がする。
「自意識の放棄」
これを毎回するのが大嫌いで、
それだったら
どんな技術でも永遠にレベル0でかまわない
と思っているのだけど
なんやかやで
いろいろあって
「自意識を放棄」
せざるをえず、
パターンはいろいろだけど、
自分の意に反することを延々としたあとに
(自意識の消滅した分だけ)
「技術が向上」するのだ。


自意識のかたまりが雪だるまのように蓄積していたのが
溶けて小さくなった、と同時に感じる。
あーあ、こんなになって、、、と思う。
そして、また大きくしなくては
と思い、

そこまでちっぽけな自意識に
執着する「小さな自分」にまた腹がたつ。

とまあ、
なんやかやで
自意識の「現状維持」のためのエネルギーが
なにがしかの「進化」のために使われてしまったことを嫌うのだ。

、、、とまあ、
向上心が
まったくないつもりが、
「現状維持」
そのことにすら挫折し、
知らないうちにちょっとだけ進歩してしまう??のだった。(おわり)



なんか分裂した文だ。???

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Wのはじまり

2012年04月10日 21時48分47秒 | 二輪教習

兵庫メグロの会長さん(故人)の話を60おじさんにしてもらったのだが、



ブログ Team Green 「レースに懸ける思い」12から


もともとはメグロ製作所の専属の(オートレース?)ライダーで
しかしわりと早い時期にライダーをやめ
「兵庫メグロ販売」を設立したらしい。
兵庫メグロ設立時に、
メグロ製作所にいくらか出資してもらったことは
(ホームページに書いてあるので)知っていたけど
兵庫メグロの会長もまた、
メグロ製作所の株を所有していて(株はメグロ製作所をやめた時にもらった?)、
メグロ製作所が川崎航空に吸収されたことで、
自動的に川崎航空(カワサキ)の株主になり、
いちばんうるさいカワサキユーザーとして、
また当然兵庫メグロ販売の社長としても
いろいろに開発に注文をつけたということだった。
それが現在の「W」の先祖になるそうだが、



Wというマシンは、ゆったりと余裕で走るのかと思いきや
そうではなくて競技マシンとして
「やるからには世界一、トライアンフを越えるものでなくてはならん!」
というようなことを実際に言って
マシンの開発にそういう注文をつけていたらしい。
(当時兵庫メグロはハーレー、トライアンフの代理店でもあった。)
つまりオートレースの世界?では
メグロ<トライアンフであり、
それを超えるマシンこそ
兵庫メグロ会長の悲願であった?

、、、、、。

いろいろあって
とにかくマシンは完成し、
それがカワサキブランドの原点、
排気量もパワーもその時代時代ではトップ、
のはじめになったということであった。

ところで、
60おじさんは
自分のライダーとしての人生や
関わった
いろいろなライダーの話
(ライダーたちの人生)を
ブログにまとめるかもしれないが
いつまでに、
という約束まではできないということであった、、、、。


こういう話を
ブログにメモするのも
自分はバイクの素人であるので、
自分で聞いた話をまとめていかないと
なにがなんだかわからないからだ。
(ものすごく基本、というのがわからないのだった。)





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防災。

2012年01月23日 22時36分04秒 | 二輪教習
今日も、バイクに乗る。
バッテリがあがってしまわないようにだ。

明舞をぐるぐる回るのにあきて、星陵台くらいまでいってみる。
最近驚くほど、バイクが自分に慣れている、そんな気がする。

オートバイや防災、ということでは、
rfuruyaさんと電話で話した時に、
「カワサキの思い出」の第二弾を東京でするとか、
BartBERTの防災イベントを三木でするとか、
いろいろ聞いているけど

自分自身のテクニックが未熟では、どうしようもないわけで、
パソコンでホームページを作るのもそうだけど、
とにかく技術を上達させるための
練習、は大切だが、
時間がないため、
練習のセンス(?)が必要になってくる。
このあたり難しい。

まあ
地震とオートバイっていうのも、
そんなに意識してないけど、
静岡に3社もバイクメーカーがあるというのも
人間とは本能のレベルで、
生存するため
生活するための
正しき乗り物を
ひたすら追求しているのかもしれない。

(へたはへたなりに、
必死で乗り続ける
それもまた
ただしきスタンスかも
しれない。)
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ぐるぐる

2012年01月09日 22時08分56秒 | 二輪教習
ぐるぐる回っている気がする。
まあ、実際
Dトラッカー125ccでそのへんを回っている。
ある程度走らないとダメだ、といわれたのだ。
週に一度、最低10キロである。

同じコースを何度も、という走り方は街中では
案外?していないもので、
教習所のようで、結構新鮮だ。

フィードバックがある、というとかっこいいのだが、
いままできまぐれに
「あっちにいって、
こっちにいって」
的な走り方しか、していないか、
あるいは三木やら伊川谷やら、
やたら長い距離を走っていたので、
逆に上達するのが遅かったわけだ。

現在は明舞の丘を登ったり下ったり、
狭い道や曲がりくねった道をすすんだり、
変化に富んだ、しかし限定された地形を楽しんでいる。
だから10キロなんてあっという間に走り終わる。

大体時速35キロまでなら、
周りの標識とか、歩行者とか、対向車とか
かなり把握できているな、
と走りながら道端の花を見ながら思う。

だから原付のように30キロくらいで走ると
幸せなのだが、
それだと原付に抜かれてしまう。

気の急いたドライバーが後ろから
追い立てる気がする。

などなど、
周りと調和しつつ、狭い限定されたエリアを走る、、、

最近はだんだん、
それができるようになってきて、
走るとき、目をやる場所というか、ポイントが決まってきた。

(マラソンではないのだが、
なにかの競技みたいだ、街中を走るだけなのに。)
そんな時、
たしかに、「上達した」というのは最近自分なりに感じるのであった、、。

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